奥の細道

「奥の細道」とは何か


今から300年ほど前、元禄2年(1688年)、旧暦3月27日(新暦5月18日)に、当時46歳であった芭蕉は門人の曽良とともに、江戸深川の芭蕉庵を後にし、東北・北陸の歌枕、名所・旧跡を巡り歩く旅に出た。この旅はその年の旧暦8月20日(新暦10月3日)までの約5ヶ月間に渡り、その距離は約2万3千kmにも及んだ。この旅をもとに書かれたのが、紀行『奥の細道』である。

 


マスメディアの先駆者としての芭蕉


五七五の一七音を、弟子を通じて口コミという方法で全国に広めた。江戸時代は寺子屋の普及により、識字率が非常に高くなった時代であり書物としての『奥の細道』は、多くの写本も作られた。金銭にゆとりの無い向学心に富む人たちが、原本を書き写したのである。また俳句により日本語の統一に寄与した。

 


『古池や蛙飛びこむ水の音』 世界的に有名な芭蕉の句


An  old quiet Pound….

A frog jumps into the pond.

 Splash ! Silence again.

 


旅の連歌師(職業的指導者)・俳諧師の代表としての伝統・家元


西行・宗祗(漂白の詩人)を慕って旅に出た芭蕉も、旅の連歌師の伝統を抜きにしては考えられない。士農工商という身分がまだ定着していない時代であり、人々の感性は解放されていた。

 


江戸時代の自由人・文化人


当時は武士や農民が自由に旅行する事が出来なかった。手形や紹介状が取れないなどの制度上の問題があった。僧侶や俳諧師・囲碁師などの当時の自由人・文化人は僧形をとることで、自由を保証されていた.

 


■主な参考文献■ ダイヤモンド社刊「奥の細道」著者品川嘉也氏